平成27年5月法語

(しゃ)()()(のり)(ただ)(ひと)つ 

(いち)()(あめ)にぞ()たりける

(さん)(そう)()(もく)(しな)(じな)に 

(はな)()()なるぞあはれなる



5月の法文の歌は、法華経薬草喩品第五について詠まれた歌です。大意は、

「お釈迦様の法は唯一つ(唯一乗)で、二乗三乗の区別はない。それは、降る雨が平等に野山の草木に注ぐのと同じである。大中小の三草も、大小の二樹もそれなりに雨の恵みを受けて、それぞれに花を開き実を結ぶ。それと同じように一仏乗の法で、人々はめいめいの根気に応じた導きを頂けるのでまことにありがたい。」

となります。

この「薬草喩品第五」では、先月お話した「長者窮子の譬喩」を述べた弟子達を評価し、重ねてその決心を変えないように励まされるのがこの「薬草喩品第五」です。

「薬草喩品第五」では、法華七喩の三番目の譬喩が登場します。それは、「三草二木の譬喩」です。

「三草二木の譬喩」のあらすじは、

この世界には山があり、谷があり、川があり、海があり、そしてそこにはたくさんの小さな薬草、中ぐらいの薬草、大きな薬草もあり、大きな樹木もあり、小さな木も、きれいな花も小さな花も、ありとあらゆる草や木があります。そこに雲が涌き、等しく雨が降り注ぎます。その雨はたとえどんな小さな花にも、大きな木にもあまねく平等に降り注ぎます。

その雨を受けて、どんな小さな根も茎も枝も葉もみんないきいきと元気に成長するのです。

降り注ぐ雨は平等ですが、小さな花は小さいなりに、大きな樹木は大きいなりに、それを受け取る量はまったく異なります。それでもそれぞれが自らの命を精一杯輝かせ、いきいきと成長していくのです。小さな花が大きな樹木をうらやむ事も、大きな樹木が小さな花を見下すこともないのです。

そうした現実世界には差別があっても、お釈迦様のお慈悲は降り注ぐ雨のように、平等に注がれるのです。

お釈迦様の教えは、身分の上下、心の善悪、修行の有無、優劣などを問わず、雨が大地を潤すように、差別なく、すべての日に仏性の芽を育てるための雨を降らせ、人々を苦しみ

から救い出してくださいます。

お釈迦様は一人ひとりに優しい言葉をかけるように、すべての人に言葉をかけてくださるのです。その才能を受け取る力に応じた言葉、その中ですべての人が等しく覚りを開けるよう、導いているのです。

合掌